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​【第三章】里の窮地

​~自分が分からなくて~

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#233

奴が急に活発になった原因は謎だったが

或いは神の試練だったのかもしれない

しかし、強者の供物を捧げることで神を鎮めることができるだろう

その時、突然氷雪を纏った突風が吹き荒れた

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#234

氷雪に紛れて、蒼く輝くかけらが落ちている

なんだ...

胸がざわめく

とても恐ろしい..なにかの気配を感じる......

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#235

"それ"は崖の上に降り立った

急いで駆けつけると、そこには荘厳な姿をしたものが居た

凍て地の頂で見た、神の鎧の姿そのものだ...

あれが....神なのか...

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#236

神と目があった瞬間、私は全身の毛が逆立つのを感じた

震えが止まらない

神はゆっくりとそこに座して、私をじっと見つめている

恐れを噛み締めながら、私は神にゆっくりと近付いた

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#237

私は神の前に跪き、頭を垂れた

「神よ、あなたに強者の供物を捧げます。

 我々獣人族を救い、凍て地に平穏をもたらし下さい」

神は私の言葉を黙って聞いていたが、やがてゆっくりとその身を起こした

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#238

いたままでいる私を残して、神は飛び去って行った

願いを聞き入れてくださったのだろうか

生きている心地がしなかった

自分が生になるかもしれないとすら思った

辺りの風切り音が聞こえないほどに

胸が激しく鳴っている

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#239

神が立ち去った後、そこにあったものを見て

私は心臓を握りつぶされたような衝撃を受けた

神はここで狩りをなさっていたのだ

降り立って私が駆け付けるまでのわずかこの一瞬で

この獣は完全に凍り付き、ピクリとも動かない

我々も神の手にかかれば、一息で滅ぼされてしまうのだ

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#240

里に帰ろうとしていたところでヒトの編纂者に出会った

なんでも、呼び覚まされた古龍を追っていたとの事だった

特徴を聞くからに先ほどの神の事を言っているようだが

古龍とは...?

彼女はその古龍の名を"冰龍イヴェルカーナ"と語った

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#241

イヴェルカーナを見たことを伝えると

詳しく話を聞かせて欲しいとセリエナまで招かれた

そこにはアステラにいた総司令と名乗る男がいた

彼は私を見ると「君は、イビルジョーの時の..こちらに来ていたのか」

と驚くと、私の語る一連の件の顛末に耳を傾けた

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#242

私の話から手がかりを得た様子の総司令は

同族の男に今後の指揮を託していた

彼らはどうやらイヴェルカーナに戦いを挑む気でいるようだ

私はそれをやめるよう強く訴えた

我々獣人族も人々もみな滅ぼされてしまう

「我々はこれまでにも古龍に打ち勝ってきた」 男はそう語った

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#243

聞くところによると、イヴェルカーナの他にも各地に古龍がおり

"青い星"と呼ばれる凄腕の狩人によってことごとく倒されたそうだ

神を葬れるほどの力を持つヒトがいるというのか..?

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#244

ちょうど酒場に青い星がいると聞いたので訪ねてみた

そこには精な男が座っていた

「あなたが青い星と呼ばれる狩人か」

「人からはそう呼ばれるが、俺の名はベルモートだ」

ベルモートと名乗った男は目線もそのままに酒をった

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#245

「あんた、名前は?」

「私はサモ。獣人族の神官....いや、狩人だ」

「獣纏族と一緒に狩りをしているのか。変わった奴だな。

 得物はそのハンマーか」

「そうだ..あなたは何を使っているんだ?」

「俺は...このスラッシュアックスで古龍を狩っている」

そういうと男は立ち上がり、武器を構えた

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#246

男の構えた大斧は身の丈よりも大きく

その巨大な刃から繰り出される一撃は大型の獣でも

容易に両断されるのが想像できる

なんと..屈強な狩人だろう..

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#247

「あんたの武器を見せてくれるか?」

そう言われ、私は神鎚を構えた

「通常、金は金属強度として武器には適さない」

「それは..ただの金じゃないな。

 あんた、伝説の黄金郷に行ったのか?」

何のことだか分からなかった私は、

これは授かったものだと答えた

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#248

「あんたの顔を覚えておきたい。見せてくれるか」

私は兜を取った

「なるほどな、確かに面影がある」

「サモ、生きていたらまた会うこともあるだろう」

男はそう言って、残った酒を飲み干し酒場を後にした

私の事を何か..知っているのか?

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#249

老婆に聞きそびれていた事を聞こうと再び大壺へ立ち寄った

「あんたか。こっちへおいで」

促されるままに老婆の足元まで歩み寄る

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#250

「あんた、エステリカの縁のもんだろう。娘かい?」

私はその名前を知らない

エステリカとは誰なのかを尋ねた

「そうか、知らないかい..」

「エステリカは熟練の狩人だった。

 かつて国を襲った黒龍を撃退した、つわもの達の一人だ」

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#251

「最後にエステリカの姿を見たのはその服を持って帰ってきた時だよ」

「黄金郷で手に入れたんだと言っていたね。

 彼女はその時にもう治せないほどの火傷を負って、狩人を引退したんだ」

 

黄金郷..先ほどベルモートが言っていた話だ

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#252

「大変に強力な装備だが、もう自分には使えないから

 いつか自分に娘ができたら託したいと言っていたね」

「その後、風のうわさで身ごもって新天地へ移ったと聞いていた」

「てっきりあんたは娘で、エステリカからそれを

 受け継いだものだと思ったんだよ」

「そうそう、エステリカは娘に"ゼヴァン"と名付けるつもりだと

 言っていたが、あんたがゼヴァンかい?」

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#253

「私はサモ。幼い頃にこの地に捨てられ獣人族の里で育った者だ」

老婆はひどく驚いたようだった

「そうだったのかい..すまないことを聞いたね」

私は首を振るとその場を後にした

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#254

私は森の中で一人、うずくまっていた

全身の血が上りカッとなるような感覚

頭がどうかなってしまいそうだ

 

私は私が分からない

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#255

考えれば考えるほどに、溢れる感情が抑えられなくなって

私は泣き崩れた

分からないんだ!!

私は何者なのか

神の意図がなんなのか

なぜヒトは神に挑もうとするのか

分からないんだ....

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#256

私はエステリカというヒトの娘なんだろうか

だとしたら、なぜ母は私を捨てたのだろうか

これから私はどうしたらいい?

神を鎮めるために狩りをしてきたのに

ヒトと神の争いが起きようとしている

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#257

アッパーが静かに私に寄り添って言った

「これからどうするにしても、何を決めるにしても、

 オレ達には力が足りない」

「一緒に狩りに行こう。

 誰にも曲げられない強さを手に入れて、答えを出すんだ」

分からない事ばかりだ

だが分かるためには一歩踏み出して、知る事が必要なんだろう

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#258

「サモ、兜は脱げ。神鎚も置いていけ。もう一族の事に囚われるな」

私はアッパーの言葉に驚きを隠せなかった

「その服も脱いでしまえ。ヒトの子だっていう事も忘れるんだ」

キョトンとしている私にアッパーは言った

「何が変わろうと、オレがお前の親友だって事だけは絶対に変わらない」

「オレはお前にずっとついていくよ」

私は涙をぬぐい、笑顔を取り戻した

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#259

再び里を離れることにした私は

里で最後のひと時を過ごしていた

今生の別れではないが、しばらくは戻らないつもりだ

アッパーとキーンは二人きりで話しているらしく

その晩、戻っては来なかった

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#260

「アッパー、お前の言いたいことは分かった。

​ サモが部族を離れるのもな..」

「だがアッパー、俺はお前を認めていない。

​ 本当なら俺もサモの傍についていてやりたいんだ」

「分かってるのか!!!!お前にサモが!!任せられるのか!?」

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#261

「あぁ..分かってるよ。

​ キーン、お前はサモの事は友達じゃなく、好きだったもんな..」

「立場があってついていけないのも、その無念な気持ちも分かる」

「でもよ、どうしたってオレらは獣人族なんだ」

「サモとつがいになんてなれない。だからよ、お前じゃぁ、ダメなんだよ」

 

「ただの親友として、相棒として隣に立てるオレじゃないと」

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#262

「なぁキーン。お前とはずっとウマが合わなかったけどさ」

「父ちゃん母ちゃんの仇、一緒に手伝ってくれてありがとうな」

「.......」

「サモはいつかきっと連れて帰ってくるから」

「それまで、待っていてくれ」

キーンの目からは涙があふれていた

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#263

翌朝、キーンが見送りに来てくれた

「サモ、お前の働きで里は救われた。みんな感謝してる」

「神も捧げものにきっと満足されてある。

 里も平和になったし、しばらくはここにいなくても大丈夫だ」

 

「いつどこにいても、俺たち部族はお前の無事を祈ってる。気を付けてな」

 

私はキーンに神鎚を預け、里を後にした

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#264

「キーンと何話してたんだ?」

「別に..?お前が知らなくてもいいだろう?」

私が意地悪な言い方をするとアッパーはムスッとした

「セリエナに行くぞ。装備を作り直すんだ。さっさと兜を脱げバカ」

「そんな言い方ないだろう。お前だってバカのくせに」

罵り合いながらも、私たちは微笑んでいた

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#265

セリエナに着いた私たちはさっそく加工所に出向いた

今回はアッパーも武器を新調したいと言い出したので

出来たものを見せてもらうと

なんと白い鎧の獣の素材で剣を作ったのだ

「良かったのか?その...気持ちの問題が、あったんじゃないか?」

おそるおそる伺う私にアッパーは満足げに答える

「オレが仕留めたんだぞ?仕留めた獣で武器を作るのは誇らしい事だ」

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#266

私も、これまで狩ってきた様々な獣の素材を用いて全ての装備を一新した

骨の兜以外のものを被るのは初めてだ...

 

そして私の新たなる武器は、火竜の鎚

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#267

装備ができるのを待っていたらもう日も落ちようとしていた

加工所の主人が"青い星"から私宛に言付けを受けているという

なんでも彼はしばらくセリエナから離れるというので

彼の使っていた宿を使っていいとの事だった

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#268

宿の中に入ると、これまで見たことも無いような

きらびやかな空間がそこにあった

 

こ..こんなところ、本当に使ってよいのか?

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#269

アステラで部屋を借りた時も寝台はあったが

ここはそれよりもずっと豪華で大きい

どうしようか..

装備は新調したばかりとはいえ、体は汚れている

迷っていると、獣人族の職員から「温泉に入られますか?」と勧めれらた

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#270

外に出ると、凍て地の景観を眺めながら入浴できる立派な浴場があった

凍て地にも所々に温泉があり、私も時々入っていたのを思い出す

 

入浴用の着衣があるとの事で、借りることにした

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#271

アッパーも誘ったが「オレはお湯は嫌いだからいい」と言われた

寒空の下、温かい湯の中で一人ゆっくりと体を伸ばす

改めて気付いたが、鎧の獣との戦いで体のあちこちに青あざが出来ていた

だいぶ無茶をしてしまったな、と体をさする

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#272

これからどうしようか..と考えていた

セリエナで耳にした話だとイヴェルカーナは消息を絶ったらしく

しばらくヒトとの衝突はなさそうだった

アステラに戻って、更なる狩場に足をのばしてみようか

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#273

貸してもらった寝間着に着替え、寝台に座ると

一気に眠気が襲ってきた

 

私はそのまま倒れ込むように寝台に横になり

気絶したように深く、眠りに落ちた

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#274

翌朝、さっそく私たちはアステラ行の飛行船発着所へ向かった

昨晩はいつになくぐっすりと眠れて疲れもすっかりとれている

 

凍て地よ、また戻る日まで今しばらくさらばだ

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