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​【第七章】

~強者たるもの~

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#609

竜人族の長に会いに行くのにこの格好では行けない

一旦里に行って神衣に着替えなければ

それにしても、やはり宝珠無しではここは寒い

体の芯から震えがくる

そういえば、辛子の実が近くに生っていたはずだ

あれを飲料に混ぜれば..

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#610

アステラの商店にも似たようなものが売っていたな

ホットドリンクとかいう名称だったが

辛子入りの飲み物を飲むと段々と体が温まってきた

これでしばらくは大丈夫だ

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#611

道中、キーンと出会った

「サモ、戻ってきていたのか!

 アッパーは大ケガをしたと聞いていたがまだ良くなっていないのか?」

「アッパーは..傷は癒えたんだが訳あって今は別行動中だ」

「喧嘩でもしたのか?」

「んん..喧嘩という程でもないんだが..まぁ、喧嘩もした」

「ところでそちらこそ何かあったのか?こんなところで一人で」

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#612

「実は少し前に神が戻って見えたんだが、

 以前と違い攻撃的になっていてあちこちで猛威を振るっている」

「そのせいか、大型の獣たちも刺激されて縄張りの外まで

 出てくるようになったんだ」

「中でも今一番危険な奴が轟竜だ。

 あいつらに主要な狩人衆はみんなやられて動けない状態になってる」

「俺だけは無事だったんだが、

 一人では奴の動きを探ることくらいしかできなくてな..」

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#613

轟竜.... ティガレックスか

この凍て地の獣の中でも最も強く危険な獣だ

「わかった。私が奴を狩ろう」

「で...できるのか?アッパーもいないが..」

「キーン、お前がいるだろ?手伝ってくれるか?」

「....もちろんだ。ついて来てくれ」

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#614

奴は湧き湯の溜まり場で湯浴みをしていた

普段攻撃的で狂暴な奴だが

今は完全に気を緩め、油断している

ティガレックス

お前はあの時の個体ではないが

今ここであの時の雪辱を晴らさせてもらう

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#615

死角から懐に潜り込み

挨拶代わりの一撃を見舞う

 

反撃を十分にかわせるだけの余地を含み、全力の一撃ではない

まずは小手調べだ

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#616

奴はいきり立った様子ですぐさま襲い掛かって来た

大口を開け一心不乱に突っ込んでくる

私は常に奴の初動を観察し、がむしゃらに攻勢に出ず

常に一定の距離を保っていた

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#617

観察し、かわして、隙を突く

狩りを始めたばかりの頃に

小型の獣と戦う際に気を付けていた狩りの心得を

いつしか忘れてしまっていたような気がする

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#618

ティガレックスの肉体は強靭で

痛手を負わせるには強力な一撃を与えねば、という観念に駆られる

しかし奴の攻撃は手広く迅く、強烈だ

攻を焦りすぎると手痛い反撃にあう

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#619

圧倒的な力を前に、圧倒的な力で迎え撃つのではない

少しずつでいい

一撃で深手を負わせる事ができなくとも

好機は必ず訪れる

大切なのは、こちらが重い一撃をもらわない事だ

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#620

大振りの攻撃をすれ違うようにかわす

奴はこちらの行方を見失い、辺りを見回した

隙ができた!!

私は奴の頭部にしがみつき、温存しておいた力を

全力で叩き込む

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#621

倒れ込んだ奴を前に、私とキーンは一気攻勢に出る

容赦ない連撃を受けて奴は昏倒した

意識を失っても私達は攻勢の手を休めない

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#622

起き上がった奴は慌てた様子で逃げていった

あまりの一方的な展開に焦りを覚えたのだろう

しかしティガレックスよ

今回お前が優勢権を握ることは無い

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#623

向かいの丘の上で奴が待ち構えている

追走する前に、私は痺れ罠を仕掛けた

「なんだそれは?」

「罠だよ。優勢である時ほど仕掛けを怠らないって事さ」

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#624

私達の接近に気付くとティガレックスは猛烈に突撃してきた

「キーン下がれっ!引き寄せるんだ!」

痺れ罠が激しい電撃を発し、奴の動きが封じられる

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#625

迎え撃つように奴の顔面に痛烈な一撃を与える

拘束できる時間はわずかだ

ここでできる限りの痛打を浴びせておく!!

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#626

拘束を振りほどいたティガレックスは

谷間に溢れんばかりの轟音で怒号を発した

その体には赤い筋が現れ、怒りの様を物語る

(ここからだ..)

気の谷で味わった思い出がよみがえる

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#627

奴は怒りに身を任せ飛び掛かってきた

凄まじい勢い

その動きに合わせ、すり抜けるように打撃を入れる

お前のその動きを何度夢で見た事か

悪夢にうなされながらも

私はお前への恐怖を克服したのだ

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#628

猛烈な勢いを以て突撃したティガレックスは

まるで意識の糸が切れたかのように

突然その場に倒れ込んだ

睡眠が入ったようだ

さて、どう料理しようか

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#629

ティガレックスの寝顔を眺めていると

気の谷で崖下に落とされた時のことを思い出した

 

どうしてもこの顔面を壁に叩きつけたくなった私は

奴の頭へクラッチし、クローで無理矢理殴り起こした

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#630

「跳べっ!!!!」

スリンガーの斉射で奴の体が谷間に吸い込まれていく

あっ待て、そっちは違うぞ

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#631

壁面ギリギリでティガレックスは踏みとどまった

これまでかなりの練習を重ねてきたが

いまだに時々こうなってしまう

角度の調節が難しい

「おい、せっかくの好機を」

「すまん欲が出た」

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#632

殺気立って襲い掛かってこようとしたティガレックスに

突然頭上から巨大なものがのしかかってきた

途端に辺りに異様なほどの冷気が立ち込め

巻き上げられた粉雪が空気を凍らせる

これは...まさか..

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#633

氷雪を帯びたその青黒く輝く肢体がほんの少し身を翻しただけで

私はひっくり返されてしまった

以前見た時と姿が変わっているが

これは間違いなく凍て地の神....イヴェルカーナだ!!

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#634

イヴェルカーナは辺りの冷気を収束する

神の眼前には冷気の道が敷かれ

青白く煌くそれはティガレックスに向かって一直線に走っていく

神が自然の力を行使しようとしているのだ

"逃げなければ"

 

体が震え、身動きもままならないほどの怖気に駆られる

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#635

冷気の道を追うように、地面から巨大な氷柱が連なり立ち

破壊的な轟音を発しながらティガレックスに襲い掛かった

さしもの巨体もその直撃に耐えられず、怯みを見せる

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#636

これは...狩りだ

 

たとえ凍て地で並ぶ者がない強者であるティガレックスであっても

神が相手ではその命を諦め、狩られるしかない

 

この地で神に牙を剥く事は大自然に逆らう事と同義なのだから

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#637

せめて巻き込まれないよう、自分たちだけでも逃れねば

意を決し、機を見てこの場を逃れようと様子を伺った私は

その光景に我が目を疑った

ティガレックスはイヴェルカーナの喉元に食らいつこうとしている

弱者があがく、僅かばかりの抵抗

そう表現するには有り余る、殺気のこめられた猛烈な撃だ

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#638

イヴェルカーナとティガレックスは激しいぶつかり合いを始めた

 

それは一方的な狩りではなく

強者と強者による

己の力の全てを懸けた決闘のようにも見えた

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#639

あまりの出来事に逃げるのも忘れて、私は二体の戦いに見入っていた

恐怖で支配されていたはずの私の感情は

いつしか昂ぶりを見せ、高揚していた

神に対して対等に立ち向かっている

その戦いは殺気に溢れながらも、美しく、逞しさに満ちていた

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#640

ティガレックスの剛腕は神に引けを取らないほどに凄まじい

しかし劣勢を覆すには至らず、ティガレックスは逃げていった

イヴェルカーナの意識がよそに向いている隙に

私とキーンはティガレックスの向かった方へと逃げ延びた

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#641

少し離れた場所に奴はいた

息をひそめて潜んでいるようにも見えるが

決して怯えたような様子ではない

奴は私たちの接近に気付くと応戦の姿勢を見せた

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#642

奴は氷しぶきを上げつつ激しく暴れまわる

まるでイヴェルカーナにかなわなかった鬱憤を

私達で晴らそうとせんばかりに

舐められたものだ

受けて立とう!!

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#643

奴は近くにいたキーンに牙を剥いて襲い掛かる

その展開は想定済みだっ!!!

何度私があの時の悪夢を後悔したことか

あの谷での空虚の日々の中で

どうすれば防げたか何度も何度も考えを巡らしたんだっ!!

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#644

すでにスリンガーの弾を閃光弾に切り替えていた私は

奴の眼前に閃光弾を放った

たちまち激しい光が発せられ

奴は突然の出来事に身をすくませた

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#645

「見事な牽制だ。読んでたのか?」

「キーン、言ってなかったがアッパーは

 ティガレックスの歯牙で重傷を負ったんだ」

「そうだったのか..」

「この一戦、私には譲れない執念がある」

「分かった。俺も気を引き締めてかかろう」

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#646

視界を奪われデタラメに攻撃を繰り出す奴の動きの隙間をぬって

確実に痛打を浴びせていく

不規則で予想の付かない動きを取る中

深追いはせず、大振りの動きは回避を優先する

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#647

間近で見ると、奴の体に浮かび上がる赤い筋

その威圧の様は背筋が凍るほどの凄みを感じる

しかし私は今

ティガレックスの狂暴性を前にしても

冷静さを失うことなく、動きの隙を捉えている

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#648

大振りの攻撃の合間、奴の呼吸が大きく乱れた

顔には疲弊の色が表れ、表皮の赤味は引いている

これは..狙える!!

うなだれた奴の顔面にクラッチし、鉤爪を構えた

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#649

強烈な爪撃で無理矢理向きを変えられた奴は

これからどうされるのか悟ったような表情で

抵抗もままならず苦しみに身悶えた

「吹き飛べっ!!」

壁を向いた瞬間に合わせ、スリンガーを斉射する

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#650

ティガレックスは吹き飛ばなかった

辺りをまばゆい閃光が照らし出す

(しまった..!弾が違う!!)

「失敗したのか?」

「いや、成功だ。ちゃんと奴の視界を奪った」

「なるほど」

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#651

素早く飛びのいた奴の喉元を

キーンが迎え撃つように一撃を浴びせる

奴の首元から血しぶきが舞った

アッパーとはまた一味違う、キーンならではのなんとも鋭い一撃だ

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#652

視界が戻った奴はその場を離れ

氷の岸壁の方へと逃げていった

閃光の効きが短くなっている

多用は禁物だな..

二度目のは単なる私の手落ちだが

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#653

岸壁へと追いすがった私達は落とし穴や壁当てを用いて

優位を崩すことなく奴を追い詰め続けた

 

ティガレックスの猛攻は衰えを見せなかったが

私達に対して決定的な一撃を浴びせるには至らなかった

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#654

死闘は半刻近く続き

奴は瀕死の体を引きずりつつ巣へと逃げ延びた

私達はすぐに後を追ったが、巣の手前で立ち止まる

「どうした?追わないのか?」

「まだだ。奴が眠るのを待つ」

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#655

手負いの猛獣を一気成に追い詰めてはだめだ

やつはまだ警戒しているはず

こちらも傷を負い準備が疎かになっている

万全の支度を整えてから、油断している所を強襲する

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#656

眠りに入った奴に静かに忍び寄った私は

奴の懐に爆弾を仕掛けた

「これはなんだ?」

「キーンは見るの初めてか?面白いものが見れるぞ」

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#657

「仕掛けはそれだけじゃない」

近くに痺れ罠を設置する

 

「なんとも..入念だな」

「眠っている今ならしっかり準備ができるからな。

 反撃の機会は与えないつもりだ」

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#658

投石で爆弾を起爆する

爆炎が立ちのぼり、たまらず飛び起きた奴は

熱と煙に巻かれ狼狽している

「こっちだ!!かかってこい!!」

安い挑発に乗ってティガレックスが怒りを燃やす

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#659

思惑通りに飛び掛かってきた奴は

痺れ罠に直行し、その身を拘束された

その機に合わせてダメ押しの猛攻を放つが

私は追撃もそこそこに、

拘束が解ける瞬間を狙って頭部にクラッチした

(弾は..大丈夫だ)

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#660

スリンガーの斉射で奴の体は壁に思い切り叩きつけられた

狩りのさなか、キーンから

「壁当てに固執し過ぎじゃないか?」と指摘を受けていた

 

鎚に自信がないわけではないが

巨体の重量がそのまま頭部に加わる壁当ての威力は

武器での攻撃よりも桁違いに大きい

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#661

ティガレックスは倒れ込み、完全に動かなくなった

仕留めたのだ

あれだけ完膚無きままに叩きのめされ

一方的な敗北を喫したティガレックスを

さしたる苦戦もないまま制することができた..!!

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#662

力尽きた奴の屍を、私は黙って眺めていた

恨みの感情こそあったが

ティガレックスが神に挑んだ姿を見た時

私は確かにこいつに対して、尊敬の念を感じずにはいられなかった

まごう事なき強者だったのだ

私は死力を尽くした相手に対し

敬意と感謝の意志を表した

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#663

成り行きとはいえ、アッパーが一緒でなかったのには

申し訳ない気持ちもあったが..仕方ないだろう

「そういえばなぜ凍て地に戻ってきたんだ?」

「そうだった。竜人族の長に会いに来たんだ。

 神衣に着替えたいから里に行かないと」

「そうか、では里へ戻ろう」

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