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​【第八章】青い星ベルモート

​~人身御供として~

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#750

里へたどり着くと、部族の皆は満身創の私を見て驚き

どこかよそよそしさを表しつつも一同に集まってきた

 

「サモ、よく帰った。こっちへ来てくれ」

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#751

「実はあのあと部族の皆で話し合ったんだ。

 あの時は神への恐れでお前に冷ややかな態度を取ってしまったが

 俺たちが間違ってた。すまない」

キーンが代表として私に謝罪した

「だがやはり..神に対する恐れは拭い去れるものではない。

 これからどうするかを決めなければ」

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#752

「やはり里を捨てるしか..」

「別の地で暮らすのか?そんなの無理だ..」

「神が俺たちを逃がすはずがない!きっと追ってくる!」

「ここに留まって、一族らしい最後を迎えるべきでは..」

 

彼らは口々に意見をぶつけ始めた

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#753

「聞いてくれ。みんなの不安はよく分かるが

 ここは部族が一つにまとまらなくてはならない」

「私が神のもとへ赴き、強者の供物をもとに対話を試みてみる」

「部族への怒りを回避できれば良し。あるいは戦いになるかもしれない」

「その時は私が神官として、この身をもって神を鎮める」

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#754

「それは..人身御供という事か...」

「そうだ。私の身を捧げ神の許しを請う」

「それでダメな時は..みんなは逃げてくれ。

 キーンとアッパーに私の最期を見届けてもらう」

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#755

みんなうつむいて言葉を失った

困惑や葛藤が交差する中、キーンが口を開く

「俺達は..お前を信じて任せる他ない。

 しかしお前が死ぬのなら、部族として運命を共にするつもりだ」

「その結果、仮に神と戦う事になろうとも」

迷いを見せていた部族の面々はキーンの言葉に一様にいた

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#756

負傷が重かった私は里で数日療養することにした

その日の夜、キーンとアッパーと三人で語り合った

「サモ、お前はオレとキーンに見届けを頼むと言ったな」

「あぁ、私が死んだら皆にそれを知らせないといけないだろう?」

「オレはごめんだね。お前と一緒に最後までイヴェルカーナと戦う」

「そうか..ありがとうな」

キーンが怒りに耐えるようにこぶしを握り締める

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#757

「俺だって..お前の隣で戦いたい」

「俺だって、お前に死んで欲しくなんかない!!」

「どうしたらいいんだ!!相手は神なんだぞ!!」

「くだらねぇしがらみなんて、捨てちまえよ」

「アッパー!!はぐれ者のお前には何にもないだろう!

 立場だって!神への恐れも!!」

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#758

「オレだって怖いさ..神の力の強大さだって分かってる」

「けど、オレは大事な仲間が殺されてしまうくらいなら

 自分が死んででも力を尽くして守りたい。

 死ぬときに、悔いを残したくないんだ」

「.....っ!!」

キーンは涙ながらに言葉を振り絞る

「俺も..戦いたい...」

「好きなんだ。サモ、お前の事が....」

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#759

私は静かにキーンを見つめた

色恋沙汰に疎い私でも、キーンの気持ちに気付いていなかったわけじゃない

「私は..神官で、人間だ。

 こんな女を好いてくれている事は嬉しく思っているよ」

「辛いものを目にするかもしれないが

 最後まで私に付いて来てくれるか?」

「もちろんだ」

私はキーンにそっと口づけを交わした

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#760

その日からしばらく、里の傍で湯治に努めた

傷を癒すことも必要だったが

神と相まみえるその日まで身を清めるべきだと感じ

滝の中でただひたすらに精神を研ぎ澄ませた

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#761

そうして一週間が経った

傷も十分に癒え、神のもとへ向かう決意もできた

これで最後になるかもしれない

セリエナでベルモートとも別れを済ませておこう

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#762

セリエナへの出発前夜

アッパーと二人で凍て地の風景を目に焼き付けていた

「お前、もし生き延びる事が出来たらキーンと連れ添うのか?」

「連れ添う..?あぁ、別にあれはそういうつもりではなかったんだが..」

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#763

「キーンの求愛を受け入れたんじゃなかったのか?」

「そもそも私は死ぬ覚悟で行くんだ。その後の事なんて考えてなかった」

「そうか.....なぁサモ」

「なんだ?」

 

「もし生き延びたら、お前はヒトの世界で生きろ」

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#764

「私に里にいて欲しくないのか?」

「そういうわけじゃないが.. キーンと一緒になるつもりじゃないんなら

 ヒトの世界で生きていた方がお前は幸せになれる。

 本当はベルモートとつがいになるのが一番だと思ってたんだが..」

「そんなことを考えてたのか?彼には妻がいるんだぞ?」

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#765

「あぁ分かってるよ。だからその線に関してはもう仕方ないんだが」

「お前と一緒にヒトの世界で狩りをしていて思ったんだ」

「凍て地での暮らしはお前の視野を狭くする。

 広い世界の中で人間の狩人として生きた方がお前の為になる」

「.....」

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#766

「お前の狩人としての力は人間の世界でもきっと必要とされる」

「お前は里にとって、まさしく大神官だが

 その力を里だけでなくもっと大きな事に使ってほしいんだ」

「そんな事...里はどうするんだ」

「里はオレとキーンが守るから大丈夫だ。

 神官の仕事は供物を捧げる事だろうが

 供物なんてものは結局、無意味なんだからな」

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#767

これから神に供物を捧げに行くというのに

その供物が無意味と言われても腹は立たなかった

私自身、そうだと思っているからだ

ただ、それを口に出されたことで私の胸は締め付けられるような思いだった

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#768

「結局は戦いになる。

 ベルモートに最後の挨拶に行くと言ったが、

 あいつの力も借りた方がいい」

「もしそうなるんだとしても..

 私は最後にもう一度だけ神と対話を試みるつもりだ」

「...分かったよ。どう転んでも、覚悟は決めておけ」

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#769

翌朝セリエナを訪れると、なにやら慌ただしさに包まれていた

拠点の果ての方にある砦で何かがあっていたようだ...

煙が上がっている

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#770

集まっている人々の話を聞く限りでは、

先ほどイヴェルカーナの襲来があり

ここの砦で迎え撃っていたようだ

手傷を負わせ撃退に成功したものの

イヴェルカーナは凍て地の奥へ逃げ延びたようで

ベルモートが単身追撃に出たらしい

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#771

話を聞いていたところ、指令室へと通された

ベルモートは先のイビルジョーとの戦いの傷が十分に癒えておらず

先ほどのイヴェルカーナとの攻防戦においても手傷を負っているらしい

このまま挑むのは危険だ

すぐに止めに向かわねば

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#772

凍て地へとたどり着いた

今朝方ここから出立したばかりだというのに

出発前とはまるで雰囲気が違う

凍てついた空気が立ち込め

あたりは不穏さで満ちているようだ

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#773

戦闘状態に入る前にどうにか間に合えばいいのだが..

しかし、これまで古龍との戦いを

幾度も乗り越えているベルモートの事だ

もしかしたら単独での勝利を収めるかもしれない

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#774

私はまたしても判断を迷っていた

すでに人里で戦闘状態だった神に対して

もはや交渉の余地などないのではないだろうか

手負いのベルモートを連れて

まずは一旦引くべきではないのだろうか..

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#775

私は..戦いを避けよう避けようとばかり考えている

死ぬ覚悟は確かにできている

しかし「神官」という言葉の重みが

神には挑んではならないという足かせとして

いつまでも私の足元にまとわりついている

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#776

自分の気持ちにまだ納得がいってないのだと思う

だから..もしベルモートが神を倒してくれるのなら

もうそれでいいんじゃないだろうか

そんな歪んだ思いが心のどこかで淀んでいた

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#777

谷間の奥には凍てつく空気が立ち込めていた

なにか見慣れない大きな棘のようなものが刺さっている

 

あれは........

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#778

雪の中で、ベルモートは冷たくなっていた

彼の胴体には貫かれたような穴が空いており

傍らに刺さった、この槍のような尾にやられたのだろう

致命傷を負いながらも

命と引き換えに神の尾を斬り落としたのだ

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#779

既にこと切れた彼のなきがらを見据えつつ

それまで渦巻いていた濁った感情がかき消えていく

失われた彼の命に呼応するように

私の心には乾いた風が虚しく吹き荒んでいた

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#780

呆然と立ち尽くしている私にキーンが駆け寄る

「サモ!戻ってきていたのか!」

「......彼は、ダメだったのか...」

 

私は言葉を発することもなく、黙ってうつむいていた

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