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​【第四章】この身を張って

~絶望の中で~

大蟻塚の荒地装備完成_Fotor.png

#331

荒地の探索もおおよそ一段落したかと思う

 

情報によると"ディノバルド"と呼ばれる強力な獣が

出現することがあるそうだが

最近は目撃報告が無いそうだ

今後の事を考えているとアッパーから

気の谷に行ってみたい”との申し出があった

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#332

気の谷を目指すにあたって私たちはここまで手に入れた素材で

装備を持ち変えることにした

荒れ地を探索中に気付いたのだが、

獣によって火竜の鎚が効きにくい者もいたのだ

場面や相手により複数の装備を使い分けた方が良いと判断した

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#333

拠点の中で時々情報収集をすることもあるのだが

神衣に付いていた宝珠のように不思議な力を持つ装飾品が

他にも色々存在すると聞いた

討伐依頼で受け取ったものもいくつかあったのだが

私には知識がないので、識者という老婆に鑑定してもらった

セリエナにいた老婆とそっくりだが、親戚だろうか?

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#334 瘴気の谷は空気が汚染された場所があるそうだ

このような装備にしたのもそれを聞いた上でだったが

装備だけでなく、回復の道具なども取り揃えていた方が良いだろう

狩りの補助具なども色々あったので、つい余計なものを沢山買ってしまった

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#335

買い物をしていると、店主の男が話をしてきた

「あそこにいる甲冑の人を知ってるかい?」

「彼は歴戦の狩人で、他の大陸でも活躍していた人らしいよ」

 

歴の長い狩人か

もしかすると..母の事を知っているかもしれない

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#336

そこに座している狩人は、いかにも老練といった雰囲気で

静かに、しかし重みと威厳のある声で言った

「何用か」

「エステリカという狩人を知っているか?」

彼はうつむいてしばらく黙し、私の顔をじっと見た

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#337

「エステリカとは..昔共に狩りをしたことがある」

「彼女は今どうしているんだ?健在なのか?」

「所在は定かではない..」

「"寒いところに移り住んだ"という手紙をずいぶん前に受け取ったが、

 場所は明かしたくはないと記されていた」

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#338

歴戦の狩人からはそれ以上の情報は聞けなかった

"寒い場所に移り住んだ"....

関連性を考えれば、おそらく母は調査団が来るずっと前に

凍て地に来ていたのだろう

 

なぜ場所を明かせなかったんだろう?

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#339

翌日、さっそく私たちは瘴気の谷へと足を運んだ

母の話を聞いてももう心は揺らいでいない

あらゆる戦いに勝利を収め、私は強くなった

どんな強力な獣にも勝てる自信がある

この慢心を打ち砕かれる事になろうなど

この時は思いもしていなかった

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#340

気の谷..

ここは森や荒地とは全く違う

開けているようで入り組んでいるこの場所は、

至る所に巨大な骨が生えており

大地はまるでそのすべてが骨塚であるように

屍が積み重なって出来た、死の場所のように思えた

しかし不思議なことに、れの塊のような場所であるにもかかわらず

辺りを覆い尽くす壮大な雰囲気にはどこか神秘すら感じる

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#341

遠くの方にうねるようなトゲ状の骨の柱が見える

それは大樹を上回るほどに太く、圧倒的な存在感があった

あれは..

あのようなものがかつて生きていたのだろうか..

あんなもの、我々人間では到底太刀打ちできようはずもない

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#342

朽ち果てた屍の道を進む

頭上には通路を覆い尽くすほどの巨大なあばら骨が走っている

先ほど向こうに見えたトゲ状の骨の主のものだろうか

このようなものと遭遇せぬことを祈るばかりだ

進めば進むほど、わが身の小さを思い知る

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#343

森や荒地と比べても、ここにはあまり生き物の息吹を感じない

なぜここはこんなにも屍に溢れているのだろうか?

死を招くような何かがあるのか

あるいは、獣たちが死に場所としてここに集うのか

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#344

ふと頭上を見上げると、とがった柱が何本も並んでいるのが見えた

下の方にも...

 

それの正体に気付いた時

私は生き胆を抜かれたように戦慄した

ここは..何か巨大なものの、口の中だ..

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#345

ふと、大きな足音が近づいているのを感じた

奥の通路から大型の獣が歩いてきている

その風貌にえもいえぬ危険を感じ

私は咄嗟に物陰に身を隠した

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#346

あの獣は..

凍て地でも見た事がある

部族の間ではあまりの狂暴さから

絶対に近付いてはいけないと言われていた危険な獣だ

ここにくる前に名前は目にしていた

"轟竜ティガレックス"に違いない

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#347

しかし、元々私は凍て地の強力な獣たちを狩りうる力を得るために

ここまで己を鍛えてきた

そして目の前には凍て地の中でも頂点に位置する獣がいる

己の力を試す時が来たのだ

私は意を決し、ティガレックスの前に立ちはだかった

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#348

ティガレックスは私に気が付くと

凶悪そのものの眼光で私を凝視する

その肉体はこれまで出会った獣のどれよりも屈強で

その威圧的な表情はこの獣の攻撃性を物語っている

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#349

奴とにらみ合っていると

後ろから地響きにも似た轟音が近づいてくるのを感じた

 

なにか..巨大なものが迫って来ている..!!

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#350

突然、真っ黒い巨大な骨の塊のようなものが転がり込んできた

何が何だか分からないまま

その黒い塊はティガレックスに向かって激しくぶつかっていった

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#351

こんな巨大なものがぶつかってはひとたまりもない..

そう思っていた矢先、ティガレックスはその強靭な肉体で

黒い塊を悠々と受け止め、恐るべき牙をむいた

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#352

"ゾブリ"と、牙が肉に食い込むような鈍い音がした

黒い塊は激しくのたうち回って、ティガレックスがそれを

無理やり押さえつけている

あの黒い塊は..生き物だったのか

そうだ、あれは狩人手帳で見た

ラドバルキンという獣に特徴が似ている

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#353

やがてラドバルキンは動かなくなった

こんな..こんなにも簡単に仕留めるとは...

息絶えたラドバルキンを尻目に

ティガレックスはゆっくりとこちらを振り返った

"次はお前だ"

 

物言わぬ眼がそう語っていた

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#354

奴は一呼吸溜めると、凄まじいばかりの咆哮を放った

それはディアブロスのそれとは違い

体中に響き渡るように激しさに溢れていた

怯んでいてはだめだ

私は鎚を構え、迎撃の姿勢を取った

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#355

奴はいきなり飛び掛かってきた

速いっ!!

奴とは距離があったが

あれだけの巨体がひと飛びで距離を詰めてくる

かろうじて身をかわすも

アッパーは反応が遅れ、吹っ飛ばされていた

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#356

奴がこちらに振り返るのに合わせて顎に一撃を見舞う

完璧なタイミングだ!!

 

奴は一瞬怯みを見せたように感じたが

さほど動じることなく攻撃の構えに移る

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#357

一瞬奴が体を沈ませ、力を溜めるような動作を取る

(なにかマズい攻撃が来る)

そう思った時にはもう私の体は吹っ飛ばされていた

回転...したのか..?あれだけの巨体で..?

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#358

単細胞に突っ込んでくるだけの獣ではない

途方もないほどの力強さに加え

その大振りの攻撃は隙が大きいように見えて

攻撃の範囲が広く、至近距離での回避は困難だ

なかなか攻撃の機会を得ることが出来ない

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#359

どうにか隙を作ることができれば..

奴の強烈な爪撃をアッパーが大盾ではじき返し、奴の体勢が大きく乱れた

荒地での特訓が活きている

大盾もかなり使いこなせるようになったようだ

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#360

懐に潜り込み、腹部に強烈な一撃を入れる

奴はたまらずうめき声を上げた

 

どうだ、さすがに効いただろう!!

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#361

後ろに飛びのいた奴は

怒りに震えながら激しい咆哮を発した

奴の体に赤い筋が見えたような気がした

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#362

それからのやつの動きは

これまでと比べ物にならないほど苛烈で激しく

私たちはどうにかついていこうと必死で食らいついたが

どう立ち回っても跳ね飛ばされる一方で、手も足も出なかった

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#363

突撃を受けて倒れ込んでしまった私に奴は更に追撃を加えようとする

 

「サモッ!!!!!」

 

アッパーが私を庇うように、奴の前に飛び込んだ

意識が飛びそうになる中

奴がアッパーに食らいつこうとしている姿が

かすかに見えた気がした

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#364

かろうじて立ち上がった私は辺りを見渡した

アッパーが...いない

アッパーは....どこにいったんだ.....?

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#365

こっちを振り返った奴の口元はべっとりと血で溢れている

それを見た瞬間体中の毛が逆立ち、私は絶望に満ちた声で絶叫した

「ああああああああああああ!!!!!!!」

 

私はがむしゃらに鎚を振り上げ、奴に襲い掛かった

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#366

ウソだ

ウソだと言ってくれ...

私は喰われてしまったアッパーを救い出すため

奴の背中に取り付き、何度も、何度も刃を突き立てた

「アッパーを!!!返せ!!!返せ!!!」

 

「返せぇぇぇぇ!!!!!」

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#367

奴は強引に私を振り落とそうと

崖際の柱に突進し、激しくぶつかった

その衝撃で私の体は宙に投げ出され

崖の外まで弾き飛ばされてしまった

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#368

崖下へ落下していく中、衝撃で意識が薄れてゆく

このまま、死ぬのか...

 

すまないアッパー

 

私のせいだ

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#369

真っ暗な闇の中で、アッパーの姿を見た気がした

『ありがとう』

彼は一言そう言うと、静かに闇の中に消えていった...

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#370

死んでしまったというのに

なぜか涙が流れているのが分かる

ただ谷の屍のひとつに加わるだけだ

アッパー、私も一緒だぞ

 

私は..獣人族の..神官として.....

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#371

...何の音だろう......

体中が..痛い.....

私は、生きているのか.........?

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#372

激しく痛む体をどうにか起こし、辺りを見渡す

上の方から沢山の水が流れ落ちている

水場に落ちて、ここまで流されてきたのだろうか

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#373

私はフラフラと、生気を失ったような足取りで

ここがどこなのかを確かめた

ここは..谷の底の方...だろうか

上の方と比べると辺りの屍の腐敗が強く、汚れた空気で満たされている

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#374

出発前に聞いていた気の強い場所がある”というのは

おそらくここの事だろう

それに備えて口元を覆える服装で来ていたのだが

あまりの空気の淀みの濃さに思わずせき込む

かろうじて助かった身だが、更に命が蝕まれていくのを感じる

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#375

このような場所でも、翼竜を呼べば飛んでくると聞いていた

もう生きる意志を失いかけていたが

私はひとまず翼竜を使いキャンプへと戻ってきた

秘薬を飲み体を癒すも、活気までは戻らない

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#376

キャンプの中で一人 うつろな目でずっと固まっていた

私は一体、何なのだろうな

身の丈もわきまえずいたずらに強者に挑み、友を失った

何が神官だ

このような弱い力で、なにも成し得ようはずもない

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#377

ふらふらと立ち上がりキャンプから出た私は

そのまま気の谷の方へ

まるで生きた屍のように歩き出した

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#378

それから私は

気の谷のあちこちを練り歩き

見つかるはずもないアッパーを探し求めた

長い時間...

寝食の時間も惜しみ

時に、そこらに自生している植物やキノコなどを

かじって過ごす日々を送った

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#379

谷で過ごす日々で大型の獣に遭遇することもあったが

もう私にそれらに挑むような気概はなく

まとわりつく小型の獣を振り払う程度にしか

戦う意思は残っていなかった

そうして私はだんだんとやつれていった

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#380

累々と積もるしかばねの中に親友の亡骸が残っていないか

腐った骨塚を掻き分ける日々の中で

涙のない日は無かった

全身に死臭を纏いながら、夜はキャンプの中で朝まで泣き続けていた

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#381

ティガレックスと鉢合わせることもあった

怒りと恐れが同時に襲い掛かってくる感覚で我を失いそうになる

奴は私を一瞥すると

"歯牙にかける価値もない"

といったような様子で、悠々と立ち去っていった

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#382

あの日から一ヶ月が経った 何の手掛かりも、痕跡すらも見つからない

アッパーが死んでしまった現実を

私は受け入れるしかなかった

それでも私は、この谷から離れられず

今日もさまよう日々を続けている

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